視点を変えてものごとを見るということ

身障者の生活

私の母が病気の後遺症のために車椅子の生活を余儀なくされたのは12年前のことです。

それまでは、私の回りの親しい人には車椅子で生活している人はいませんでした。
ただ、スーパーやデパートなどでご家族の方が車椅子を押して買い物をしている人の様子を見かけることは時々ありました。

その様子を私は、たいへんそうだなあ、と漠然とした気持ちで見ておりました。

しかし・・・。

何がどれだけたいへんなのか・・・

車いす

実際に自分の母が車椅子の生活になるまでは、具体的なことは何もわかりませんでした。

    • 車いすでちょっとした段差を越えるのが意外とたいへん
    • 階段しかない場所では、その先の行動を諦めなくてはならない時がある
    • 駅などで、エレベーターのある場所まで遠回りをしなければならないことがある
    • 駐車場では身障者用スペースに、身障者ではない人の車が停まっていて利用できない時がある
    • 身障者用のトイレの中にはとても使いづらいトイレがある
    • 身障者も利用できると謳われていたホテルや温泉旅館で・・・

実際には単に部屋からお風呂場までがフラットであるというだけで、何の設備も用具の用意もなくてお風呂が使えなかった

などなど。

昔はどうしていたの??

現在は昔と比べたらとても配慮され、改善されているはずなのに、それでもまだまだなのだ、と驚くと同時に、私が子供の頃は、街で車いすの人や身体が不自由な方々をあまり見かけなかったのは
出かけられるような環境ではなかったから外出できずにいたのでは?
ハンディのある人々に対する配慮が欠けていたので、外出することを諦めていたのでは?

例えばトイレひとつとってみても、昔の公衆トイレは和式が殆どでしたから、身体の不自由な人は利用できなかったことでしょう。
現在のように、専用のトイレであっても実際には、手すりの位置が少し違うだけで、サポートが楽であったり困難であったりするのです。

私は、母が車いすで生活する身体になったことによってこのことに気づくことができました。
私にとってそれはとても大きな意味をもっているのだと感じています。

手つなぎ

自分が経験してみないとわからないこと。世の中には他にもまだまだたくさんあることでしょう。
けれど、自分が経験していないからわからない、で済ませてしまうのではなく、たとえ経験していなくてもわかろうとすること、その気持ちに寄り添うことが大事なのではないのかな、と思うのです。

自分だけの視点でものを見るのではなく、例えば相手側から見る、第三者側から見る。そうするともっと深いものが見えてくるのかもしれません。

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