アンネの日記から

戦争を考える

アムステルダム

今日は朝から戦争にまつわる番組がたくさん放映されています。
戦争を知らない私たちが、年に1度でも戦争についてきちんと向き合って考えることは後世のためにもたいへん意義のあることですね。

私が子どもの頃に具体的に戦争というテーマに触れたのは1冊の本から。
それは「アンネの日記」でした。

この本を実際に読み始めるまでは、よくある少女の日常を書き綴った日記なのだろうと思っていましたが、ヒトラーが非人道的な独裁政治をし、気の遠くなるような数のユダヤ人を虐殺した時代、その真っただ中を隠れ家で生活をした少女の日記だということを知った時、私は何ともいたたまれない気持ちに駆られたのを憶えています。

同年代である思春期の少女の、あまりに自分とは違いすぎる境遇、そして大人びた感性。

日記に綴られた母親との確執や葛藤、同じ屋根の下に生活する他家の少年ペーターとの淡い恋。
アンネの語彙の豊富さにも驚かされますが、なんといっても鋭い洞察力と表現力。
きっと戦後に生き延びていたらその才能を開花させ、ライターとして活躍したであろうと想像に難くありません。

偶然に訪れたアンネの隠れ家

当時のアルバムから

当時のアルバムから

憑りつかれるようにして何度も何度もこの本を読み返した私が、なんと二十歳の時に偶然にもその隠れ家を訪れる機会がありました。
夏のヨーロッパ旅行最後の宿泊地が、旅行会社の手配の関係で急遽、オランダのアムステルダムに変更されたのです。
そしてそのホテルはプリンセン運河沿いの、アンネの隠れ家から徒歩7分程度のところ。

私は何か運命的な結びつきを感じながら、感動で震える足を一歩ずつ踏みしめながら、その隠れ家を訪れました。

回転する本棚の向こう側が、実際にアンネたちが隠れていた生活の場。
こちら側の窓からは、本棚の奥はあたかも隣には別の建物があるように見えるのです。
そして本棚を回転させて隠れ家に一歩足を踏み入れると、想像以上に狭くて小さな部屋たちが待ち受けておりました。

その狭いいくつかの部屋に3家族が共同生活を営んでいたのです。

アンネの隠れ家2

しかしながらアンネの部屋のベッドサイドの壁には、俳優たちのブロマイドが何枚も貼られていて、いつの時代も変わらない「少女」の素顔を垣間見ることができました。

当時、隠れ家の階下には会社があり、その営業中は物音ひとつ立てることもできず、息をひそめての制約づくめの生活。
トイレの水も流せないので、実際にはかなりの悪臭がしたのだろうと思われます。
それでも隠れ家の人々は「生きたい」ただ一心で、そしていつか救われるかもしれないという望みを捨てず、毎日毎日戦争が終わる日を指折り数えながら不自由な生活を耐え忍んでいたことでしょう。

アンネの伝えたかったこととは?

その死と背中合わせの生活も、ある日終わりを告げられます。
密告者によりアンネたちの隠れ家は、秘密警察に見つけられてしまい逮捕され、強制収容所に送られてしまったのです。

アンネはそこでチフスに罹り命を落とすのですが、ただひとり生還した父親に手渡されたアンネの日記がその後出版され、大ベストセラーとなりました。

この本を読んで思うことや感じることはもちろん、ひとにより様々であると思います。けれど、アンネがその日記を通じて私たちに伝えたかったこと。それはなにか、ということを改めて考えてみたい。

アンネの日記を通じて、戦争がどれほど人の心を蝕むのか、どれほどの数の大切な命、大切な家族を失うのか、再考する良い機会だと思うのです。

 

 

コメントを残す

このページの先頭へ